ウラジオストク女性と日本

1997年に会話倶楽部を開始した時は女性会員は400名を越してました。
分厚い電話帳の女性ファイルは重かったです。
当時のロシアは経済危機の時代で仕事をしてる人は一部分の人だけというロシアがどん底の時代でした。その中で仕事は一つのポジションを3人で分け合う状態で収入も三分の一、大学の先生で月50ドルという時代でした。
しかしロシア独特の横のつながりで身内でお金持ちの人は身内に分け与えるのが普通という共同社会体でロシア人は暮らしてましたが将来を考えるとロシアを出て外国で自分の能力を生かしたいと考えるウラジオストク女性で結婚適齢期の一部の人は結婚するなら日本人というのが親日都市ウラジオストクの女性たちでしたので女性会員が多かったのは事実です。
ウラジオストクの人口は当時も今も周辺地区を合わせると100万人の人口。その中の結婚適齢期の女性は微々たる数ですが400人を越したのはその時がピークだったようです。

2000年にプーチン大統領が登場しロシアの豊富な地下資源でロシアの経済はバブル期に向かって邁進し始めました。ロシア人が仕事をし始め一時期はモスクワが世界で一番文化の高い年になった時もあります。物価に関しては今はウラジオストクの方がモスクワより高いです。農作物以外はほとんどがモスクワからウラジオストクに運ばれてきてますので。
 
仕事をし始め将来に希望を持ち始めたウラジオストク女性達は愛する母国で将来の可能性を感じ始めた時には会話倶楽部女性会員数が200名を切ってしまいました。

今のウラジオストクは外国人労働者を多数ロシア圏国から受け入れてる状態でロシア人の収入も大幅にアップしてますが去年から会話倶楽部ロシアを再稼働させて日本人と結婚したいと考えてる人を会話倶楽部では日本男性に紹介してます。
ロシアの経済力が上がってもロシア女性の根本はキャリアウーマンではなく子供のいる家庭を持つことがロシア女性の希望でありウラジオストク女性も例外ではありません。